大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和37年(わ)198号 判決

被告人 早瀬明和 市原毅

主文

被告人早瀬明和を罰金一〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人市原毅は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人早瀬明和は、岡山市所在大平住宅株式会社岡山支店建築係として勤務し、主として建築設計の業務に従事している者であるが、昭和三六年八月初旬頃、有限会社安賀商店から同支店に対し同市上石井三〇番地の六、四二番地の四の地上に木造三階建住居兼店舗一棟の建築設計及び施工の注文がなされたため、同月六日頃、同支店においてこれが設計に当つたが、同建物は間口約二、五八メートル(八、五尺)、奥行約一七、三メートル(五七尺)、高さ約九メートル(二九、七尺)の間口の狭い奥行の長い高さの高い三階建であるため、建築基準法に従い一階の構造耐力上主要な部分である柱の張り間方向及び桁行方向の小径は一三、五センチメートル以上とし、すべての方向の水平力に安全であるように各階の張り間方向にそれぞれ壁を設け又は筋かいを入れた軸組を釣り合いよく配置しなければならないのに一階の主要な柱である通柱を小径一二センチメートル、管柱を小径一一、五センチメートルとし、一階に有効な間仕切壁、控柱等を設けない不安定な建物の設計図書を作成したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人早瀬明和の判示所為は建築基準法第九九条第一項第五号、第二〇条第一項、同法施行令第四三条第二項、第四六条第一項に該当するので所定金額の範囲内で同被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとする。なお、訴訟費用は後記無罪部分の業務上過失致死傷罪の審理に要したものであるから同被告人に負担させないこととする。

(無罪部分の判断)

一、被告人両名に対する業務上過失致死傷の訴因は「被告人早瀬明和は大平住宅株式会社岡山支店の建築係として勤務し、主として設計業務に従事するもの、被告人市原毅は大工として建築業務に従事するものであるが、安賀フジより注文を受けた木造三階建住宅兼店舗を建築するに当り、建築基準法に従い一階の構造耐力上主要な部分である柱の小径は一三、五センチメートル以上とし、すべての方向の水平力に対して安全であるように各階の張り間方向及び桁行方向にそれぞれ壁を設け又は筋かいを入れた軸組を釣合よく配置し(但し、方杖、控壁又は控柱があつて構造耐力上支障がない場合においてはこの限りでない。)、特に右建物が桁行方向に長い構造であるためこれ等を遵守し家屋倒壊事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らずこれを怠り、被告人早瀬は昭和三六年八月六日頃、同支店において、一階の主要な柱である通柱を小径一二センチメートル、管柱を小径一一、五センチメートルとし、一階に有効な間仕切壁、筋かい、方杖、控柱、控壁を設けない設計図書を作成して被告人市原をして右設計図書に従い建築工事させ、被告人市原は右設計図書に従い同月二三日頃着工し、同年九月一八日頃殆んど完成するに至らせたそれぞれの過失により、右建物二階及び三階に運び込んだ紙類の重量も加わり、同日午後三時頃これを倒壊するに至らせ、別紙一覧表記載のとおり倒壊家屋の圧迫等により死傷させたものである。」というにある。

一、本件事故発生に至るまでの経緯

岡山市上石井三〇番地において紙類販売業を経営していた有限会社安賀商店は、昭和三六年六月頃、岡山市当局から都市計画実施のための換地指定を受け、翌三七年に同市で開催予定の国民体育大会に備えて都市の整備を急いでいた市当局から従前の土地の明渡を迫られたため、同年八月三日頃、同店代表社員安賀フジ名義で、建物の月賦販売、建築工事の設計施工の請負、宅地の斡旋等の営業を行つている大平住宅株式会社岡山支店に対し建物の即時給付の申請を行つた。右安賀商店から申請を受けた同支店では同社従業員の設計係被告人早瀬が安賀商店の社員安賀忠良と建物の建築について折衝に当り、安賀商店が市当局から換地指定を受けた同市上石井三〇番地の六、四二番地の四の地上に間口約二、五八メートル(八、五尺)、奥行約一七、三メートル(五七尺)、高さ約九メートル(二九、七尺)、建坪一階、二階共一三坪三合九勺五才、三階七坪〇合五勺の木造セメント瓦葺三階建住宅兼店舗一棟を建築することとなり、同支店がこれの設計施工を代金一三四万五、〇〇〇円で請負い、同被告人は同月六日頃右建物について前記認定の如き設計図書を作成し、同支店は同月一〇日頃右設計図書に基づき建物の建築を同支店専属請負業者である双葉建設に請負わせ、右双葉建設はその大工仕事部分を被告人市原に請負わせたが、同被告人は当時他に建築工事を行つていたため自らは建物の建築に従事せず、知人の大工梶谷晴にその大工仕事を依頼した。安賀商店は同月二六日頃右換地の明渡を受けたため、右梶谷は右設計図に基づき同地上に建物を建築するための基礎工事に着手し、同年九月二日頃棟上げを行い、同月八日頃までに大略の大工工事を終えたため他の工事現場に赴き、代つて左官の佐藤鉄夫が同建物の左官工事に取り掛つた。一方右安賀忠良は市当局から早急に従前の土地を明渡すよう厳しい督促を受けたため、同月一〇日頃従前の店舗から右左官工事中の建物の二階、三階に大量の文房具、洋紙類を搬入した(但し、搬入した紙類の重量は後記のとおり詳かでない。)。右佐藤はその後も左官工事を行つていたが、台風が岡山地方を通過するとの気象情報が入つたため、右梶谷は同月一五日台風の通過に備えて右建築中の建物に対し外部から木材一〇本位を打ち付け、三階から地上に鉄線を引張り、一階に筋違いを入れる等の補強工事を施したが、同月一七日台風は無事通過したので同日から右補強部分の取外しに取り掛つた。右安賀忠良は市当局から従前の店舗の取壊しの強制執行を同月一八日頃行う旨の通告を受けたため、同月一八日午前中から従前の店舗に収容してあつた洋紙類(重量約一、五〇〇キログラム)、家財道具等を右建築中の建物の一階及び二階に搬入していたところ、右補強部分の取外しが殆んど完了した同日午後三時頃、突如右建物が東方に転倒し、取外し工事に従事していた大工、紙類を搬入していた安賀商店店員等に対し別紙一覧表記載のとおり倒壊家屋の圧迫等によりそれぞれ死傷させるに至つたもので(但し、安賀忠良に対する傷害は左足関節部開放性骨折である。)、以上の事実は、前掲各証拠並びに被告人市原毅の当公判廷における供述、同被告人の司法警察員(二通)及び検察官(二通)に対する各供述調書、証人安賀忠良(第二〇回、第二二回公判)同梶谷晴(第二七回公判)、同佐藤鉄夫(第二八回公判)の当公判廷における各供述、第四回公判調書中証人安賀忠良、同富田静恵の、第六回公判調書中証人市富士雄の、第七回、第八回公判調書中証人梶谷晴の、第九回公判調書中証人佐藤鉄夫、同秋山保彦の、第一三回、第一四回公判調書中証人福家克忠の各供述記載、医師坂純雄作成の死亡診断書、医師奥田陸夫、同本城巖、同長井夫、同藤山登作成の各診断書、司法警察員作成の実況見分調書二通を綜合してこれを認める。

一、本件建物倒壊に対する被告人等の業務上過失致死傷罪の成否について

検察官は、凡そ建物は間口、奥行、高さの均衡がとれていることが必要であり、この三者の均衡のとれた安全な構造に設計されている限り壁がなくても倒壊ということは考えられず、格別の補強を必要としないが、不安定な構造の建物を設計工事する場合、それに従事する者としては建物自体倒壊の危険を内蔵するので間仕切壁、方杖、控壁等を設け、倒壊防止の措置をとるべき業務上の注意義務が要求される。本件建物の倒壊は主として張り間方向が狭くて桁行方向が長く、しかも木造三階建という不安定な構造に設計され、それに従つて着工建築されたこと及びそのような場合施すべき補強工事を怠つたことに基づくものである。紙類の搬入、台風の通過はもともと倒壊すべき運命にあつた本件建物にその条件を与え、倒壊の時期を早やめる情況を醸成したものに過ぎず、更に事故発生当時本件建物の二階、三階に収容されていた紙類は九月一〇日頃搬入されたものであり、それから約一〇日間も事故が発生しなかつたことは紙類の搬入は本件事故とは直接関係のない証左である旨主張し、弁護人は本件建物は外形的には完成に近いとはいえ未だ壁は乾燥して居らず、強度的には完成した場合のそれとは程遠いものであり、更に一階店舗部分には商品である紙類を収容するための棚を設置する計画であり、完成した場合には数段とその強度は増加するものと思料される。本件家屋が倒壊したのは注文主である安賀商店が二階、三階に大量の紙類を搬入したことに基づくものであり、被告人両名はその倒壊について過失責任は存しない旨主張する。

本件建物は、間口が狭く、奥行の長いうえに高さの高い構造であるにも拘らず、建築基準法施行令所定の寸法の大きさの柱を使用せず、一階の店舗部分に間仕切壁、控柱等を設けない不安定な構造の設計であつたことは判示認定のとおりであるが、右のような建物の不安定な構造が直ちに本件建物の倒壊原因であるとする検察官の右主張にはたやすく賛同し得ないで、以下本件建物の使用目的、倒壊時における完成の程度、搬入された紙類の重量等について検討を加えたうえ倒壊原因並びに被告人等の過失責任について論及することとする。

(イ)  本件建物の建築契約時の使用目的について

被告人早瀬明和の当公判廷における供述、証人安賀忠良の当公判廷(第二二回)における供述、第四回公判調書中同証人の供述記載、第一四回公判調書中証人福家克忠の供述記載によれば、本件建物の建築契約時の使用目的は、一階は店舗として使用して同所に商品たる紙類を収容し、二階は安賀忠良夫妻が住居に用い、三階には不要な家財道具類を置く予定であつたことが認められる。

(ロ)  本件事故発生当日における本件建物の完成の程度について

証人梶谷晴、同佐藤鉄夫の当公判廷における各供述、第四回公判調書中証人安賀忠良の、第七回、第八回公判調書中証人梶谷晴の、第九回公判調書中証人佐藤鉄夫の各供述記載によれば、本件事故発生当時の建物の完成の程度は、柱、梁等の主要構造部分の大工工事は完了し、屋根も葺かれ、二階の天井、二階、三階の座板も張られていたが、二階の座板は板が動かぬ程度に二本位の釘で打ち付けた仮張りであり、一階の天井は未だ張られていなかつたこと、左官工事は粗壁に全部塗り終り、一階、二階の裏返しを塗つていたが、粗壁を塗つた後これが乾燥するのを待つて裏返しを塗るのが通例であるのに、本件においては注文主の安賀商店が建物の完成を急いでいたため、一両日休んだのみで粗壁の乾燥するのも待たず裏返しを塗り始め、一階、二階を塗り終つた段階で、壁は未だ乾燥していなかつた状態であつたこと、その後の大工工事としては、仮張りの二階の座板に対し更に一枚の板に一〇本位の釘を打ち付けて本張りにし、一階部分の壁に棚を設け、その棚の下に筋違いを入れる予定であつたこと、左官工事としては裏返しを塗つた後大直しを行い、中塗りをして更に上塗りをする予定であつたこと、なお、右梶谷は設計図には二〇個所位しか設けることになつていなかつた燧梁を更に一四個所多く設け、また双葉建設から口頭の指示を受け、一階の柱の部分に筋違いを設けたことがそれぞれ認められる。

(ハ)  本件建物の二階、三階に搬入された紙類の重量について

証人安賀忠良の当公判廷(第二〇回、第二二回)における供述、第四回公判調書中同証人の供述記載によれば、同人は九月一〇日頃、本件建物の二階に重量約一、一七五キログラム、三階に重量約七五〇キログラムの紙類を搬入した旨述べており、証人久保茂の当公判廷(第二一回)における供述中にもこれに沿うような供述があるが、一方第八回公判調書中証人梶谷晴の、第九回公判調書中証人佐藤鉄夫の各供述記載によれば、二階、三階には梱包された紙類が幅五尺位、高さ五、六寸位、長さ二四、五尺位積載されていて、作業に支障を来した旨の供述が見られ、元大阪市立工芸高等学校長篠原太郎編の構造力学第一〇表には紙類の重量は一立方メートル当り和紙で四〇〇キログラム、新聞紙で七〇〇キログラム、厚模造紙で、一、〇〇〇キログラムと記載されており、本件建物の二階に搬入された紙類の重量は高さが約五尺として、一平方メートル当り和紙ならば約六〇〇キログラム、新聞紙ならば約一、〇五〇キログラム、厚模造紙ならば約一、五〇〇キログラムとなるが、本件の紙の種類は明らかでないので以上三種の紙類の混合したものと仮定すると一平方メートル当りの重量は約一、〇五〇キログラムとなる。然し、本件の紙類はパツキングケースに入れて梱包されていたものであり、ぎつしり詰つていたものとは思われないので、重量を右数値の五分の一と見ても、一平方メートル当り約二〇〇キログラムとなり、右安賀が搬入したと供述する数量をかなり超過し、孰れが真実であるか俄かに断定し難いが、右安賀、久保両名の供述は計量したうえのものではなく、単なる推測に過ぎず、信憑性にも疑いが持たれ、本件建物の二階及び三階には一平方メートル当り少くとも二〇〇キログラム以上の重量の紙類が搬入されたものと認められる。

(ニ)  本件家屋の倒壊原因並びに被告人等の過失責任について

湯浅稔三作成の鑑定書と題する書面及び第五回公判調書中の同鑑定人の供述記載を綜合すると、同人は本件建物の倒壊原因について次のような見解を表明している。即ち「本件建物は張り間寸法が狭く、桁行寸法の長い木造三階建の建築物で、一階部分に張り間方向の構造耐力上必要と思われる間仕切壁が設けられてなく、二、三階に比して一階の階高が高くなつており、構造耐力上不安定な建築物である。特に東西間の水平力に対して非常に不安定であつた。また工事中の建築物に引越がなされ、重量物を二、三階に部分的にしかも短時間内に搬入したものらしく、このため荷重状態が急速に不均衡を生じたものと思われる。更に事件発生前日の第二室戸台風によつて構造金物等に弛みが生じたものと思われ、このような諸条件が重なつて倒壊に至つたものと思われるが、最大の原因は建築物が外力に対して構造上非常に不安定であつたことである。然し、あの程度の木造三階建の建築物であれば、構造計算を行わずに設計する事例は非常に多く、本件建築物位の断面積で十分持つという数値は出て来ると思う。」

証人丸川大祐の当公判廷における供述によれば、同人は「本件建物は間口の割合に奥行が非常に長く、同時に高さの高い建物である。建物の幅に対して高さが高いと転倒ということが懸念され、特別の配慮が必要とされる。幅と高さとの割合については明確な基準はないが、一応一対四が限度でそれ以上になると基礎とか力の分布状態について特別の考慮が必要である。市中には本件程度の建物は段々見受けられ、これらは或は特別の補強工事がなされているのかも知れないが、自分は特別な措置がしてあるのは見ていない。これら市中の建物が転倒しないのは隣家が密着しているから互に補強し合つて倒れないのではないかと思う。本件建物もこの侭建てて倒れずに済んだかも知れない。」旨述べている。

第一七回公判調書中の証人森本忠の供述記載によれば、同人は「仮りに二階建の建物を建築するとして、一般住居用であれば、柱や梁は一平方メートル当り一三〇キログラムの重量に堪え得るように設計すればよく、二階に重量物を積載する場合、例えば商店等では一平方メートル当り二四〇キログラムの重量に堪え得るよう設計する必要がある。すべて柱、梁、建物の構造等は上部に積載される重量に応じて変える必要がある。建築基準法に規定する数値は材料の実際の破壊値より数倍の安全率を考慮した数値であり、建築基準法の規定に違反したからといつて直ちに材料が破壊するものではない。建物は完成して始めて所期の強度を発揮するものであり、壁も塗つた当初は強度は殆んどなく、乾燥し固つて始めて強さを発揮する。また建物は当初予想された重量以上のものが積載されてもそれが一時的である限り安全であるが、その荷重が長時間継続する場合は危険が生じて来る。」旨いう。

前記湯浅鑑定人の指摘するとおり、本件建物の構造が不安定であつたため、二階、三階に大量の紙類の搬入されたこと並びに台風の通過により構造金物に弛みが生じたことと相俟つて倒壊するに至つたものであり、若し十分な補強工事が施してあれば、二階、三階に搬入された大量の紙類の重量にも十分堪えることができ、倒壊するには至らなかつたであろうということはもとより当裁判所もこれを否定するものではない。

然しながら、本件建物は前記認定のとおり一階を店舗として使用し、商品の紙類はすべて一階の店舗部分に収容し、二階は安賀夫妻が住居に用い、三階は不要な家財道具等を置くという使用目的で設計施工されたものであり、二階、三階にかように大量の紙類が搬入されるということは本件建物の設計施工当時被告人等の全く予想し得なかつたことである。前記森本証人は二階を住居として使用する場合には積載重量が一平方メートル当り一三〇キログラムと想定して設計すれば十分である旨述べている。然るに本件においては二階、三階には前記のとおりそれぞれ一平方メートル当り少くとも二〇〇キログラム以上の重量の紙類が搬入されたものと認められ、従つて一階の構造部分には二階、三階の紙類の重量の合計である一平方メートル当り少くとも四〇〇キログラム以上の重量がかかつたことになり、右の想定重量を遥かに超過する。同証人は、想定重量以上の重量物が積載されてもそれが一時的である限り安全であるが、長時間継続するときは危険を生ずる旨述べており、本件においても想定重量を遥かに超過する重量物が一〇日間近くも継続して積載されたため遂に倒壊するに至つたものではないかと思料される。

しかも本件建物は未完成であり、前記のとおり倒壊当時以後二階の座板を本張りにし、一階店舗部分に棚を設けその下に筋違いを入れ、壁も更に大直しをして中塗りを塗り、その後上塗りをする予定であり、壁も乾燥しないうちは強度はないが乾燥すればかなりの補強になることは前記森本証人及び第九回公判調書中の佐藤証人の各供述記載によつても認められ、一階店舗部分には間仕切壁は設けられていないが、二階には張り間方向の壁もあり、これが乾燥すれば東西間の水平力に対する強度も増大するものと思料され、完成した場合には相当強度が増加するものと考えられる。前記丸川証人は建物の幅と高さとの割合が一対四以上になると特別の配慮が必要とされる旨述べているが、本件におけるそれは大体一対三・五であり、格別の補強を施すべきものとも思われず、前記佐藤証人の供述記載によれば、同人は左官として本件建物と同様な構造の建物の建築に屡々携つたことがあるが、倒壊したのは本件が一件のみであると供述し、また丸川証人も本件建物をこの侭建築しても転倒しないで済んだかも知れないといい、湯浅鑑定人も本件程度の木造三階建の建物であれば、本件建物位の断面積で十分持つという数値は出てくると思う旨述べている。本件建物は前記のとおり想定重量を遥かに超過する二階、三階に搬入された大量の紙類の重量にもよく一〇日近くも堪え得たのであり、完成した場合かような大量の重量物を積載することなく、当初の使用目的に従つて使用したならば、十分その用に堪え得るのではないかと考えざるを得ない。

従つて、前叙説示のとおり本件建物が建築基準法の規定に違反した不安定な構造であり、未完成の建物の二階、三階に大量の紙類が搬入されたこと及び台風の通過により建物の構造金物に弛みが生じたことと相俟つて倒壊するに至つたものであることは認め得るけれども、工事未完成のうちにかかる大量の紙類を搬入することなくして工事が完了し、当初の使用目的に従つて使用されたのであれば、かかる不安定な構造にも拘らず、倒壊することなく十分使用に堪え得たのではないかという合理的な疑いを抱かざるを得ないのである。しかも未完成の建物の二階、三階にかように大量の紙類が搬入されるということは本件建物の設計施工当時被告人等の全く予見し得なかつたものである以上仮令建物の不安定な構造が倒壊の一因をなしているとしても被告人等に過失の責任を問うことはできない。

よつて本件訴因は犯罪の証明がないことに帰し、被告人市原毅に対しては刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすべきものであり、被告人早瀬明和に対しては、検察官は本件業務上過失致死傷罪の訴因を有罪認定をした建築基準法違反罪の訴因と観念的競合の関係にあるものとして起訴しているので主文では無罪の言渡をしないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 赤木薫 西尾政義 岡田勝一郎)

別紙一覧表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例